小室佳代の生い立ちが壮絶!貧乏や宗教や母の病気が悪女になった理由?!

遺産や保険金目当て等と言われ、悪女のイメージが強い小室佳代さん。

その背景には、小室佳代さんが育った壮絶な生い立ちに原因がありそうです。

今回は、小室佳代さんについて、育ってきた壮絶な生い立ち、貧乏や宗教や母の病気など様々の苦難に苦しめられ悪女となった人生について、調査しまとめお知らせします。

小室佳代の生い立ちが壮絶!貧乏な子どもの頃・・・

小室佳代の簡単なプロフィール

名前:小室 佳代(こむろ かよ)

旧姓:角田

生年月日:1966年(昭和41年)8月27日(54歳、2021年5月現在)

出生地:神奈川県横浜市?

出身地:神奈川県藤沢市

実家家族構成:祖母、父(角田国光)、母(角田八十子)、本人、弟

小室佳代は貧しい生い立ち

小室佳代さんは1966年8月27日生まれの54歳(2021年5月現在)。

旧姓は「角田」で、父・国光(くにみつ)さんと母・八十子(やそこ)さんの長女として神奈川県藤沢市に生まれています。

2017年8月8日発売の「女性自身」によると、小室佳代さんの母・八十子さんの実家は、鎌倉のお寺の敷地内で下駄店を営んでいたのだとか・・・。

八十子さんは高校時代に鎌倉市内のお寺の敷地内にあった3畳ひと間の借家に、家族3人で住み込んで下駄店を営んでいました。

そして、お寺からまた引っ越されて、八十子さんのお母さんがハウスキーパーをしていた横浜市内のとある会社の寮に、ご家族でしばらく生活されていたんです。

引用:女性自身

三畳一間に3人で暮らしとは、かなり窮屈な暮らしだったことでしょう!

 

横浜市内の会社の寮に引越した母・八十子さんは、ほどなくして角田国光さんと出会い、結婚。

出典:週刊女性

長女である佳代さんと弟さんが生まれた後も、しばらく八十子さんの会社の寮(神奈川県横浜市)で両親、祖母、佳代さん、弟の5人で暮らしていましたが、
寮が取り壊されることになったため、佳代さんが小学校3年生くらいの時に神奈川県藤沢市の平屋に引っ越したそうです。

’74年ごろに寮が取り壊されるなどの事情で“家がなくなるから困っている”との相談を受けたので、私が仲介して藤沢市内の平屋に引っ越されたんです」(八十子さんの同級生)

引用:女性自身

友人には「寮が取り壊される」と相談していたようですが、母・八十子さんは弟さんを産んだ前後から、全身のリウマチを患い、簡単に出歩けなくなってしまっていたから、
会社の寮のハウスキーパーの仕事が続けられなくなったことで会社を辞めなくてはならなくなり、寮出ざるをえなかったのかもしれません。

佳代さんは、亡き夫・敏勝さんの出身地である神奈川県藤沢市に小学3~4年生ころに引っ越してきたという。海からほど近い地域で、佳代さんは地元の私立小・中学校を卒業した。

引用:exciteニュース

上の記事によると、佳代さんを含む角田一家は、佳代さんが小学3~4年生頃に会社の寮があった横浜市から藤沢市に引っ越ししてきたようです。

その後は、父・角田国光さん1人で一家を支えたそうです。

そのころ、角田家をひとりで支えていたのは国光さん。高校を卒業後、横浜市港北区内の『東和製作所』の従業員として、定年となる’98年まで勤務していたという。

『東和製作所』は、缶ビールの缶や段ボールを作る機械の部品を製造する工場でした。角田さんはとてもまじめで仕事熱心な“職人気質”の方でしたね。5~6年前に角田さんがおひとりでふらっとうちの工場に挨拶に来られて、義理堅い方だなと思いましたね」(国光さんを知る工場関係者)

引用:女性自身

「東和製作所」について調べてみると、年商8,000万円、従業員10人以下のかなり小規模な工場のようなので、角田国光さんの年収もそれほど高くなかったと思われます。

リウマチを患う妻・八十子さんの医療費などもある中で家族5人が暮らしていくのはギリギリだった可能性が高いです。

小室佳代の母親が入信した宗教とは?

小室佳代さんと弟さんの出産前後から全身がリウマチになり、病気のストレスから宗教団体に入会したという佳代さんの母・八十子さん。

リウマチで精神的にお疲れになっていて、八十子さんは『A』という団体に入会していたんです。佳代さんと息子さんのお名前もその団体の関係者からつけてもらったそうで、旦那さんも入会していたと思います。

私も八十子さんから勧誘を受けて1度入ったことがありますが、元信者が藤沢市内で凄惨な事件を起こしたときに親戚から“抜けなさい”と言われて退会しました。

引用:女性自身

この宗教団体「A」は、元信者が藤沢市内で凄惨な事件を起こしたということから、1987年に藤沢で起こった「悪魔払いバラバラ殺人事件」の犯人が入信していた「大山ねずの命教示教会」です。

その新興宗教は「大山ねずの命神示協会」。1953年に“供丸斎”こと飯飯定雄という人物が設立した団体である。関係者によれば、圭さんの祖母にあたる八十子さんは若いころからリウマチを患い、長い闘病生活の中で救いを求めたのがこの協会だったという。

引用:デイリー新潮

小室佳代さんや小室佳代さんの弟や小室圭さんの名前も「大山ねずの命教示教会」の関係者から名付けてもらったということで、相当熱心に信仰していた可能性があります。

出典:大山祇命神示教会

宗教を信じるかどうか個人の自由ですし、病に苦しんでいた八十子さんが藁にもすがる思い救いを求めていたことが想像できます。

しかし、暮らしが困窮している中で、宗教団体の入会費や年会費などを捻出することは容易でなかった、無理にでも捻出しようとすることで、生活は更に困窮した可能性があります(入会費350,000円、年会費大人9,600円・子供6,000円)。

因みに、一部のメディアによると、母親だけでなく、佳代さん自身も入信していたという情報もあります。

佳代さんが母の八十子さんが入っていた新興宗教に帰依していることがわかりました。『佳代』という名前はこの教団の関係者が名づけ親のようです。『圭』はもちろん、『佳』から取られたもの。ただ、最近は行事に顔を出す機会はないようです。婚約が暗礁に乗り上げているせいで、表だった活動は控えているのでしょうね。

引用:デイリー新潮

このように貧しく辛く厳しい子どもの頃が、後の悪女・佳代さんを作り出したのかもしれません。

小室佳代の高校は相模女子大学附属高校

辛い子どもの頃を過ごした小室佳代さんですが、高校は私立の相模女子大学附属高校に進学しています。

小室佳代さん家の近所の同級生は、

角田(旧姓)佳代ちゃんは転校生で、おばあちゃんとご両親と弟の5人家族でした。高校からは相模女子大学の附属に進学していたと思います。近所同士だったので、佳代ちゃんの家や私の家を行き来して遊んでいたこともあります(佳代さんの同級生)

引用:exciteニュース

と語っています。

相模女子大学附属高校は偏差値55で全体的には中程度となりますね。

厳しい幼少・子供の頃を過ごしたことを踏まえると、十分なレベルと言えるでしょう。

小室佳代の大学は相模女子短期大学

さらに、小室佳代さんは、高校卒業後はそのまま相模女子短期大学に進学したそうです。

友人から「佳代ちゃんの家に遊びに行ってもいい?」と聞かれても、頑なに断っていたという佳代さん。

決して裕福ではない家庭から私立の女子校に通っていたあたりからも、学歴コンプレックスやお金への執着が伺えます。

この相模女子短期大学を卒業後、小室圭さんの父である小室敏勝さんと出会い、23歳で結婚しています。

小室佳代は短大卒業後すぐに結婚・悪女人生の始まり!

出典:女週刊女性

小室佳代さんは、短大卒業後、直ぐに結婚をしています。

短大を卒業後の’90年ごろ横浜市役所に勤める敏勝さんと結婚し、’91年に圭さんが誕生した。

引用:週刊女性

当時、横浜市役所に勤めていた小室敏勝氏と出会い、

短大卒業後の1990年、まもなく結婚。

この結婚が、小室(旧姓・角田)佳代さんが、悪女と呼ばれる人生のスタートでした。

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息子小室圭を出産!英才教育でエリートコースへ

小室佳代さんは、小室敏勝氏と結婚の1年後に、眞子さまとの婚約で大問題となっている小室圭氏を出産・・・。

小室圭氏は、3歳からバイオリンを習い始める等・・・・、

幼い頃から英才教育が施されました。

しかし、その英才教育にかかる費用は莫大で、地方公務員でしかない夫小室敏勝氏にとっては、大きな負担であった可能性が高いです。

夫小室敏勝氏は、小室圭氏4年生の時に自殺してしまいます。

小室圭氏は、中学校は中高一貫のカナディアン・インターナショナルスクールに通い、大学はICUの名前で有名な国際基督教大学へ進学し卒業しています。

大学の学費では、小室佳代さん1人では捻出できず、元婚約者から贈与?貸付?を受けています。

小室佳代さんの子供には自分と同じような経験をさせたくないという一心の思いからでしょうが、その結果が、遺族年金の搾取や元婚約者との現在未解決の金銭トラブルに繋がるなどかなり無茶振りであったことがわかります。

底辺を経験した人間は、そうならないためにありとあらゆる手段を用いるものという、小室佳代さんは典型的例なのかもしれません。

まとめ

今回は、小室佳代さんについて、育ってきた壮絶な生い立ち、貧乏や宗教や母の病気など様々の苦難に苦しめられ悪女となった人生について、調査しまとめお知らせしました。

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